取材・文 佐藤みゆき
私がニュースを確認した時、心臓が止まるかと思った。長崎県壱岐沖で医療搬送中のヘリコプターが消息を絶ったという。4月6日午後の出来事だ。こんな事故が本当に起きるなんて、正直信じられなかった。
現時点でわかっているのは、機体に6人が乗っていたこと。そのうち3人が救助されたというところまでは確認できている。けれど、残る3人の行方はまだわからない。この記事を書いている今も、私の胸は締め付けられる思いだ。
「空の救急車」が消えた日
壱岐は私の祖母が生まれた島でもある。何度か訪れたことがあるけれど、本土から船で約1時間。その距離感は、時に命取りになる。島には総合病院はあるものの、重篤患者への対応には限界がある。だからこそ「空の救急車」と呼ばれる医療ヘリが、島民の命の綱になっているんだ。
関係者の話によると、事故発生は午後3時30分ごろだったという。壱岐市の病院から本土へ向かう途中、突如レーダーから姿を消した。海上保安庁や県の防災ヘリが急行し、3人を救助。うち1人は自力で脱出したらしい。
現場に向かうことができなかった私は、電話を握りしめながら情報を集めた。「彼らは治療しながら飛んでいたかもしれない」と考えると、胸が痛む。
私が見てきた「命をつなぐ空の橋」
実は去年、私はドクターヘリの特集記事を書くため、長崎の医療現場を取材したことがある。その時、操縦士の方が言っていた言葉が今も耳に残っている。
「天気が良くても海の上は特に注意が必要。風向きが変わるだけで機体は揺れるんですよ」
壱岐への医療搬送はほぼ毎日のように行われている。脳卒中や心筋梗塞、交通事故の重傷者、早産の危険がある妊婦さん…。彼らにとって、ヘリは文字通り「命の綱」なのだ。
あの日見た操縦士の眼差しは真剣そのものだった。その方が今回の事故機に乗っていたのではないかと考えると、言葉を失う。
墜落の謎—何が起きたのか
事故原因はまだわからない。けれど、私が取材してきた過去の事例から、いくつかの可能性が浮かび上がる。
一つは天候の急変だ。壱岐沖は特に天気が変わりやすい。朝の天気予報では穏やかでも、午後には突風が吹き荒れることもある。私自身、壱岐行きのフェリーで船酔いしたことがあるくらいだ。
機体トラブルの可能性も捨てきれない。医療ヘリは24時間体制で待機していることが多く、機体への負担も大きい。どれだけ整備を徹底しても、不具合のリスクはゼロにはならないのだ。
操縦士が何かを避けようとした可能性もある。鳥の群れや予期せぬ障害物…。救助された方たちの証言が、この謎を解く鍵になるかもしれない。
SNSで広がる不安と祈り
速報が流れるとすぐに、私のタイムラインは心配の声で埋め尽くされた。
「また航空事故…。残りの3人も無事でありますように」
「私の叔父も一度お世話になった。彼らがいなかったら命はなかったかも」
「島に住む人たちは、常にこういうリスクと隣り合わせなんだよね」
これを読んでいるあなたも、きっと同じ思いではないだろうか。私たちは遠く離れていても、心は同じところにある。
空の安全—これからどうすべきか
正直に言おう。今回の事故は「想定内」だったのかもしれない。日本の医療ヘリシステムは素晴らしいが、課題も山積している。
操縦士の方に話を聞くと「天候判断は経験に頼る部分が大きい」と言う。より精度の高い気象予測技術や、リアルタイムの判断支援システムが必要ではないだろうか。
また、機体の老朽化対策も急務だ。予算の制約はあるだろうが、命に関わるインフラである以上、最優先で投資すべきだと私は思う。
離島に暮らす人々の医療アクセスは、本土と同等であるべきだ。それは当たり前の権利ではないだろうか。
終わりに—あなたにも考えてほしいこと
この記事を書きながら、私は何度も涙を拭った。知らない誰かの命が、今この瞬間も海の上で危険にさらされているかもしれないと思うと、胸が締め付けられる。
でも同時に、希望も捨てていない。残る3人の無事を信じている。そして、この事故が日本の医療搬送システムを見直す契機になることを願っている。
あなたはどう思うだろうか?離島に住む人々の医療アクセスについて、私たちは普段あまり考えないかもしれない。けれど、誰もが安心して医療を受けられる社会であるためには、こうした「見えづらい命の綱」にも目を向ける必要があると思う。
最後に、救助活動に当たっている全ての方々に心からの敬意を表したい。そして残る3人の無事な帰還を、私は祈り続ける。
※続報が入り次第、追って報告します。今は一刻も早い全員の救出を願うばかりです。
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